雲の中を散歩

その笑顔に騙されっぱなし

あゝ、荒野 青山劇場 11月27日17:00

小説も戯曲も未読なままで臨みました。寺山作品にも触れたことがありません。のちのち感想を残さなかったことを後悔しないように書いてはみたものの、一回の観劇では掴めてないことばかりだなーと思いながらこれを打っています。全然まとめられた気がしないよ。まだ考え続けているよ。




多くの人は主人公に共感を求めると思うんです。それを考えると、この物語の主人公は小出君演じるバリカンの方だよなというのが第一印象でした。物語を理解する手段として、登場人物を自分に引き寄せて考えようとしてしまうから、人を愛したい・愛されたい、生きていると実感したい、と願うバリカンの方に気持ちを寄り添わせてしまう。自分に欠落したものがあるというのはすごい恐怖だと思うから。バリカンの場合は吃音だってこともそれを増幅させるだろうし。それにバリカンの物語はここで終わりだもんね。新次が新の主人公となるのは、バリカンの人生にピリオドが打たれたその後ではないのかと。この後新次はどうするんだろう。ボクサーを続けていくのかな。ただ、劇中で新次が周囲に投げた「お前たちの惨めな思いを俺に重ね合わせないでくれ」といった言葉で、自分の勝手な押し付けにハッとさせられもしました。


雑誌の記事でだったかな?「コラージュ」を用いた技法で寺山さんはこの小説を書いたと読んだんだけど、それが舞台上で表現されるとあんまりよくわかんないなというのが正直な感想。すべて噛み砕いて説明された舞台なんて面白くないから、わからない部分があるのはかまわないんだけどさ。新次とバリカンの二人の関わりは物語の大筋としてわかりやすいいし。自殺研究会や、死んだ人の写真を集める女は、私の脳みそで考えられる範疇外だわ。あとマリーの存在の意味は深い意味がありそうなのに、その意味がわからないもどかしさ!最後の試合も一番隅で見ていたね。
母親の愛を十分に得られなかった人物が多かったのも特徴的。女を信じないと断言しながら、芳子に求められたら結婚だって簡単にしようとする新次も、その辺りを根底で求めてるってことなのかしら…。

男女共に「男にしかわからないもの」に憧れる気持ちは多少ならずともあると思っていて。それこそ、いがみ合っていた二人が土手で殴り合いの喧嘩をして、お互いに笑って寝転んでるのを、「まったく男の子ってわからないわ」って見つめるヒロイン…みたいな。似たようなモチーフは双子かな。私は女だけど、結婚の話をする芳子が新次に突き飛ばされたときに、新次よくやった!というような感情が…。嵐だって「5人だけで完結する空気」が大好きなファンは山ほどいるだろう。


新次の求心力、力強さ、華やかさが、生の輝きを放っていた。「お前は誰だ」と問われ「俺は俺だ、俺の肉体が俺だ」というときの潤くんの体の持つ説得力に圧倒されました。元々逆三角形で腰のくびれた綺麗な体型だけど、それだけの話ではなかった。腕も太くて筋肉のラインがしなやかで、お腹の底から発光しているようだった…。WSなどで見ていた姿よりさらに研ぎ澄まされていた。
観劇前は、新次のことをもっと暴力性の強い人物かと思っていたんです。違ったね。新次は欲望の塊でありながら、バリカンに「与える人」だった。天性の人・努力の人という分け方をすれば、ボクシングにおいてはバリカンの方が前者で新次の方が後者。新次はそれを理解し、冷静で優しかった。勉強はしてこなかったのだろうけど、賢い人だと思った。
それを一番感じたのは公園のジャングルジムにのぼって二人で赤く染まる新宿を見る場面。幻のような町で自分の居場所が見つけられないバリカンと、幻の中でこそ生きる新次。そんな新次がバリカンに手を差し伸べて、引き上げ、肩を組む。行き先は見えていなくても、ここから離れたくて切符を欲しいと叫ぶバリカンに、自分の手の届く場所へ招き入れた新次にすごいグッときたよ…。ヒーローは孤高の存在である。でもヒーローを望む他者がいてこそ成立する存在で、バリカンにとって新次が必要であったように、新次にもバリカンがどんなに大切であったか。
けれど二人が共に舞台上にいるシーンはそこまで多くはなくて、バリカンを弟のように思っている新次はコーチでの語りの場面がメインだったのは少し残念だったかな。わかり合えなかった父親との関係を背景に、新次に対して父親の理想を見るバリカン…というのもいまいちわかんなかったんだよなあ。だからこそ、最後の試合の二人が引き立つのだろうけど…。ジムで他のメンバーに新次の良さをバリカンがどもりながらも伝えようとする場面、ベッドの上でバリカンからの手紙を読む新次の表情、その辺りで二人の関係性を見ることはできたんですけどね。
スローモーションで繰り広げられる最期の試合は、引き込まれた。汗でだんだん光っていく二人の身体が神聖だった。だからこそ、死亡診断書の日付が現代じゃなくてよかったんじゃって部分がひっかかってしょうがないんだけど…。


一緒にトレーニングの走り込みをする、この舞台唯一の和みシーン。このシーンがですね!潤くんが小出くんのお尻を両手で触ってるところを目線の高さの間近で見てしまったためにあんまり記憶にないんだよ!笑いながらじゃれ合う二人が段々近づいてくると思ったらすぐ真横でちょっとたたらを踏んでそんなことするもんだから!わたしのチケ運がピンポイントでがんばり過ぎた場面でした。あまりのことに幻覚を見たんじゃないか、記憶捏造してないか疑ってたんですが、見た直後にうわ言のように横の友達に伝えたみたいなので、多分これ現実…多分。


自分のキャパの問題でバリカンの短歌を言葉でも文字でもちゃんと咀嚼することができなかったのはもったいないことをしたと思う。「敗者に魅力を感じない」と言ったバリカンが、ジムを移籍するときに「敗者も美しいと思う」とコーチに語るまでの心境の変化とか、もっとちゃんと受け取りたかった。


新次役を与えられ、それを自分だけのものに昇華した潤くんをこの目で見ることができてよかった。改めて、キャスト・スタッフのみなさんに感謝を。白夜で、たまごから孵ったばかりで空を飛ぶことを熱望するサスケを演じた潤くんが、またこうして蜷川さん演出の舞台で主演し、それが「新次」だったことに、蜷川さんからの愛情を感じた。それに応えた潤くんが勝手なヲタ心として誇らしかった!